the cabs高橋國光の失踪と解散理由とは

the cabsが解散してからかなり日が経つが、初めて彼らのライブを見た時の事を鮮明に覚えている。

大学生の時に駅前のライブハウスにte’がツアーで来ることを知った。ぶっちゃけte’に関しては、色々な意味でもうそろそろいいんじゃないだろうかと思っていたわけだが、キャブスも一緒に付いて回ることを聞いて、自然と研究室をサボる口実を考えていた。

  • 中村一太
  • 首藤義勝
  • 高橋國光

サウンド、彼等の手癖、どんな事を口にするのか、くだらないことから真面目なことまで、ライブ当日までの間、様々な内容を想像していた。なにより”高橋國光の実態”が一番気になっていた。

もちろん、技術面で見れば一番見たかったのは生の中村一太だ。ギターのテクニカル(っぽく聞こえる)なフレーズと義勝の声、そして様々な情景が描かれた文学的な歌詞。これだけでも腹八分目くらいになるわけだが、そこに無秩序にぶっ込んでくる中村のドラムで満腹以上になる。

これを生で見たら自分はどうなってしまうのか。文面だけみれば大げさと思われるだろうが、当時はそれくらい圧倒的な存在だった。

前置きはこれくらいにして、今更ながらthe cabsについて触れていきたいと思う。

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高橋國光が失踪した理由とは

國光が失踪したことによって、実質アルバムリリースツアーが無くなってしまった。アコースティックver.によるライブになったり、キャンセルになったりと様々な面で影響が出て、最終的にはthe cabsというバンド自体が解散した。

失踪した理由は鬱なのではないかとよく言われている。彼のブログを見る限りでは確かに病んでいる印象は受ける。ただそこに彼が鬱であることを決定づける物は無い。

都合よい言い方をするのであれば、”鬱っぽい”といったニュアンスだろうか。

様々な事に悩んだ結果、ライブをすることが出来ない状態になり失踪した。失踪した際にどこに行っていたのかは本人しか知らない。

失踪した直後はギターを触る事すらしなかったようだ。

the cabsが解散した理由とは

所説あるが、よく話題に上がるのがメンバー間の不仲だと思う。

義勝と國光は不仲で、それに挟まれている中立の中村。これまでも衝突を繰り返したりで、最終的にそれが原因で解散...といった噂は腐る程見た。

確かに不仲説は前々からあったが、それが解散に至る根本的な理由ではないと筆者は感じる。そうでなければ、単純に國光の精神的状態から解散と考えるわけだ。しかし、もっと、もっと、繊細な部分でズレが生じたのだろう。

それを言葉にするのは非常に難しいし、解散の真相に関しては本人達しか知らないのだと思う。もちろん、残響関係者およ親交が深いシネマスタッフのメンバーであればそういった部分も認知しているのだとは思うが。

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なぜここまで魅力的なのか

マスロック、ポストロック系の音楽が好きな方であれば、少なからず彼らのサウンド面にビビッと感じる物があったと思う。

至極当たり前だが、残レコ所属のアーティストは良い意味でも悪い意味でも「残響ぽさ」がある。

中学高校で周りの人間はエルレガーデン、RADWIMPSにハマっている中、それをよそ目に「いや、俺はマイブラとかシガーロスかな」とかほざいていた当時の筆者のような”なんか拗らせてる感”がヒシヒシと伝わってくる。

しかし、残レコのそれは良い意味で突出している…というか洗礼された拗らせ方をしていると言った方が正しいだろうか。

「物事をちょっと斜めから見て物申してる。何だか分からないけどスカしてて、尚且つ説得力があって。」

そういった存在に憧れている人間からすれば残レコは偉大な存在なのだと思う。もちろん自分を含めてだ。

その中でもthe cabsは、「人と同じことはやりたくねぇ。俺はちょっと違う」と感じている方々の思考を具現化させたような楽曲を生み出していたのではないだろうか。

  • 中世ヨーロッパ
  • 幸福とそれが報われないあの感じ
  • 飽きさせない展開・サウンド

人とは違うことをしたい。日頃からそう感じている人間からすれば、上記の3点だけでも刺激的で十分すぎるエッセンスだろう。

 

彼らの魅力・なぜハマってしまうのか説明しようと文を考えていたが、そうアレだ。喉に引っかかっていた言葉がようやく出てきた。

恐らく筆者はドMだ。國光が書く歌詞には、幸せになりたいと希望を抱いてるキャラクターが度々出てきて、そのほとんどが報われないことを示唆する言葉と繋がる。

小学生並みの表現になるが、「なぜか悲しい気持ちになるけど、こうグッと来るもの」がある。

skorにも「生まれ変わったら幸せになろう」とあるが、その文面から様々な状況を想像することができる。単純に、曲丸々ではなく歌詞のストーリーだったり、変拍子や手グセなど、様々な視点で曲を楽しむ事が出来るのだ。

 

そして「カッコーの巣の上で」。曲構成もクソかっこいいが、なによりこの作品の歌詞にはゾワッと来るものがある。

「自由も純潔も君の身体も札束に変わった」

全日本NTR名誉会長の筆者にはたまらない表現だ。

7/4→4/4に変わる部分ではただ変拍子を使って難解にしているというよりも、4/4に変わった時に「頭にスッと歌詞が入ってくる」感がある。

ちょっと前の話になればROUND TABLEの北川氏が作ったアニメ幸福グラフィティEDテーマ「笑顔になる」でもその7/4→4/4に変わった時のニュアンスが伝わってくる。

 

the cabsというバンドの魅力を言葉で表すのは難しい。

ただハマる要素がこれでもかと言うくらいふんだんに、それも洗礼されて散りばめてある。

アルバム一枚聴き終えた後には、小説を読んだ余韻に近いものを感じる。

歌詞、そして曲展開が安っぽくならないのは、いろんな要素が混ざり合って調和しているからなのだろう。

1人でも多く、彼らのようなバンドがいた事を知ってもらえると嬉しい。

 

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                  この記事を書いた人

このブログの管理者およびテンガ戦士です。 機材や好きなバンドについて綴っています。

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